からだとこころ 4

医師としてのわたしの目標は、患者がそのエネルギー・ブロックを解除する作業を手助けすることにあります。


・・・というのも、エネルギーが解放されて流れるようになりさえすれば、からだは自然に治癒のプロセスをたどりはじめるからなのです。


たとえば、活動過剰の4歳の男の子の場合も、わたしの治療によく反応しましたが、からだが自然に正常になっていったのは治ろうとする子どもの内部の力でした。


治療はその力に火をつけただけです。


エネルギーのブロック解除はからだにとっても、こころにとっても、たましいにとってさえ、心強い味方なのです。


残念なことに、ほとんどの医師はそのことを信じていません。


・・・その結果、現代医学は危機に直面しています。


人間を科学研究の対象としか考えていないから、症状を一方的におさえつけようとします。


症状とは力でおさえつけるものではなく、その言い分に耳を傾けるべきものだというのに、です。


からだとこころ 3

妻の病気は自分の責任であると気づきはじめました。


・・・もちろん、そう認めるのはつらいことでした。


しかし、やれることはすべてやったのだし、妻もかれが健康に生きることを望んでいると気がついたとき、ようやく気力が回復し、心臓も回復に向かったのでした。


人間のからだは解剖学の教科書が教えているものよりもずっと複雑なものです。


だれもが知っている器官系のしくみや生理作用のほかに、まだよく知られていない事実があります。


それは、からだが活発に動くエネルギーの、入り組んだ複雑な流れによってもできているということです。


そのエネルギーの流れがブロックされたり圧迫されたりすると、わたしたちは本来あたえられているからだとこころのしなやかさ・・・


つまり流動性を失います。


そのブロックや圧迫が長くつづくか、または短時間でも深刻なものであれば、不快や痛み、病気の症状となってあらわれることになります。


からだとこころ 2

昼夜をとわず看病していた夫は消耗し、妻をホームにあずけたころには気力も萎え、衰弱の度合いを深めていました。


母なる自然がその仕事をやり終えるまでに時間はかからなかったのです。


医師はまもなくうっ血性の心臓病になり、リビングルLムの椅子に倒れこんでいます。


たまたまたずねてきた息子が発見して病院に運ばなければ、そのまま死んでいたことでしょう。


その医師は回復して、いまも元気でいます。


担当医にもまだまだ生きられるといわれています。


しかし、わたしは知っています。


かれを瀕死の状態に追いつめたのは虚弱な心臓ではなく、妻を心配するあまりの気の塞ぎであり、それが気力を失わせ、心身を衰弱させて、心臓発作を起こさせたのです。


心臓病の原因に正面から向き合おうと決心したとき、かれははじめて回復の兆しを見せました。


からだとこころ

からだとこころは確実にひとつのものであり、どちらかがよくなれば、もうひとつのほうが自然に楽になっています。


ひとつのケースを紹介します。


これについてはあとでもっとくわしく説明しましょう。


患者は何年も前から金婚式を楽しみにしていた医師とその妻です。


長年、人生の苦労をともにしてきたふたりは、結婚50周年を期に世界を旅行し、異国で羽根をのばして、生活をエンジョイすることを夢見ていました。


しかし、いざ旅行に出発する直前になって、妻にアルツハイマー病の症状があらわれ、急速に悪化しました。


夫は経験豊かな医師でしたが、植物状態になっていく妻を助けることができなかったのです。


そして、やむをえず、妻を老人ホームにあずけることになりました。


予期せぬ事態は医師の心身に大きな打撃をあたえました。


リットン・インダストリーズ 2

彼は技術は苦手ということがわかり、経済学専攻にかわりましたが、2年で退学してしまいます。


地方にいては働き口がありませんでした。


そこでニューディールで役所がつぎつぎとできていたワシントンに行くことを決意します。


ワシントンで、いくばくもない所持金が尽きようとしたとき、ようやくAAA(農業調整庁)で下級書記(年俸1260ドル)の口にありつきます。


そこからスタートして、彼はいくつかの官庁を飛び歩き、1937年にはアメリカ住宅庁の統計部で俸給1800ドルをとっていました。


この間、夜は最初ジョージ・ワシントン大学、つづいてコロンブス大学に通い、商業学で学士の資格をとっています。


さらに1940年にはソーントンは住宅庁で統計専門の管理職となり、年俸も4600ドルになっていました。


ガルブレイスのいう「いっぱしのテクノクラート」になっていたわけです。


ちょうどそのころ、彼が書いた低コスト住宅融資に関する報告書が、偶然にも陸軍次官のロバート・ロベットの目にとまりました。

リットン・インダストリーズ

経済学者まで含めて多くのアメリカ人が恐慌再来の不安を戦後抱き、行動を控え続けていたのに対し、コングロメレーターたちはその気配もなく、ひたすらに野望のおもむくままに突っ走ることができたのです。


そこで、そのなかの一人であるチャールズ・べーツ・テックス・ソーントンに焦点を当ててみることにしましょう。


彼こそは上記のコングロメレーターのなかでもアメリカン・ドリームを追い、最もドラマティックな挑戦を試みて成功した人物だからです。


1915年にソーントンが生まれたのは、テキサス州北西部の小さな町ゴーリーでした。


彼の父は当時有名な油田火災専門の火消し屋で、ほとんど家にいなかったのです。


母は息子が3歳のとき離婚し、以後再婚したあともずっと彼を育てました。


家は貧しかったのですが、地元の高校を出ると、彼はテキサス工業単科大挙に入ります。

古典的なアウトサイダー 2

エスタブリッシュメント社会からは常に軽蔑と不信の目をもってみられていました。


ジョン・D・ロックフェラー、アンドルー・カーネギー、トマス・エディソン、ヘンリー・フォード、デビッド・サーノブなど偉人伝中の人びとがそうであったように、彼らは貧困と逆境から身を起こしたのです。


しかも、これら「偉人」たちとはちがって、第二次大戦後のアメリカ社会では、出世の道はずっと困難だったはずです。


・・・にもかかわらず、コングロメレーターたちは「偉人」たちと同様に「権力を望み、伝統や法律を柾げたり、破ったりさえしたことは否定され得ないにしても、いずれもが創造的衝動に伴う満足感を求めた」ことはたしかでしょう。


コングロメレーターと呼ばれる人たちーテキストロンのロイアル・リットル、LTVのジミー・リング、リットン・インダストリーズのテックス・ソーントン、ITTのハロルド・ジェニーン、ガルフ&ウェスタンのチャールズ・ブルドーンなど・・・


彼らは、多かれ少なかれ、第二次大戦と戦争直後の社会的経済的大変動のなかで機会をつかみ、軍事体制のもとに与えられた安定的成長期に成功を遂げたのです。


もうひとつ見落とすことができないのは、年配のリットルを除けば、彼らの多くは世界大恐慌の恐ろしさを直接には知らない年齢層にあったことです。

古典的なアウトサイダー

『コングロマリット王たちの興亡』(1984年)を書いたロバート・ソーベルは、彼らの躍進について、次のように述べています。


「・・・そのような状況をもってしても、決定的ですがとらえどころのない次のような諸要素がなかったとしたら、コングロメレーターたちも、実行をいつ、いかにするか行動に出なかっただろう。


その要素とは、使命感の意識、いくぶん天真らんまんな楽天主義、挑戦と冒険と成功への願望、それに加えてアメリカン・ドリームへの信念と献身・・・


それは知的な考察といわんより不明確で経験的なもの、ドリームを抱くもののみがよくわかるもの、すでにアメリカのエリートとなっているものたちよりも、アウトサイダーたちをより多く惹きつけるものである・・・。」


たしかにこうした人びとは、ほとんどがアメリカの重層的で多様な社会にあって、下積みであり、主流のエリート層に属さない「古典的なアウトサイダー」でした。


外国生まれとか、移民とか、ユダヤ人とか、カトリック信者とか、または南部とか極西部からの流れ者でした。


教育を十分に受けているわけでもなく、古い家柄とも無縁でした。


こうした特質は、泥棒貴族と共通するものです。

"政治"の領域とは 10

国際収支の長期的な黒字と赤字の現状は、攻撃する陣営とそれに反応する陣営の規模と構成を表しています。


今日、攻撃的な国はドイツ、日本といった先の軍事的戦争の敗戦国です。


当面は、潜在的な大量のエネルギーがドイツの再統一に集中していますが、このエネルギーは依然として疑問の余地があります(ドイツの再統一は見事な電撃的キャンペーンにふさわしいものですが)。


日本は、資本主義社会がいかなる条件のもとで他の諸国よりも効率的になるかをきわめて鮮明に示しています。


日本は人口が最大の国でもなければ、どの諸国よりも自然資源に恵まれた国だというわけでもありません。


また、技術文化の歴史がもっとも古い国でもなければ、神の祝福をもっとも多く受けた国であるわけでもありません。


しかし日本は、もっとも集権化され、もっとも国粋主義的で、産業がもっとも発展し、もつともメディア化され、性差別がもっとも激しく、長期的な戦略にもっともたけています。


そしてもっとも集団主義的であり、進路決定のための権力行使においてもっとも不可解なのです。

"政治"の領域とは 9

予測しうる進歩としては、資本主義の全面的な勝利を正当化する進歩があります。


経済発展の追求は、もしもそれが人口増加によって帳消しにされなければ、各人の生命を脅かすすべてのものを、そしてなによりもまず病いと飢えを、各人から遠ざける力をつけてくれるでしょう。


しかし、集団主義が終わりを告げ、いくつかの残丘(キューバ、アルバニア)を残すだけとなったからといって、資本主義の蓄積の努力が現代よりも不規則ではなくなり、より平等主義的になるというように想定することはできません。


人間とその環境が本来的に不平等であること・・・


古典的オーストリア学派になじみの有名な「与件」・・・


これに加えて、企業と国家の現存の組織力に差異があることも考慮に入れなければならないでしょう。


経済戦争が軍事的闘争にとって代わる可能性は十分にありうるのです。


各国は、自国の「対外的制約」に対して権利を主張することを目的としているからです。


それゆえ国民相互の混乱の本質的な源泉が、「国際収支」残高の難解な算定の陰に潜むこともありうるのです。


この新しい戦争は、いくつかの国民の攻撃性を引き出し、この攻撃性が他の国民の反応を余儀なくさせます。

アーカイブ

2012:02 2012:01 2011:12 2011:11 2011:10 2011:09 2011:08 2011:07 2011:06 2011:05 2011:04 2011:03 2011:02 2011:01 2010:12 2010:11 2010:10 2010:09 2010:08 2010:07 2010:06 2010:05 2010:04 2010:03 2010:02 2010:01 2009:12 2009:11 2009:10 2009:09 2009:08 2009:07 2009:06 2009:04 2009:02 2008:11 2008:10 2008:09 2008:07

管理人のお気に入り